2010/04/17

外野フライで十分だ

 よく野球中継を観ていて耳にする言葉、「外野フライで十分だ」好きな言葉である。家の弟はワザとなのか「犠牲フライで十分だ」もしくは「外野フライには十分だ」という。それは間違いである。正確には「犠牲フライには十分だ」である。

 アウトを取られない、ヒットもしくはホームランを打ち続けるのが点を取るための定石だとしても、アウトカウントを一つ献上しても犠打ならば得点になる。本来ミスであるプレーがチームプレーの観点では最高のプレーになる。犠打というのはとても素敵だ。

 人生というのは予測が出来ないことが数多起こる。何事も余裕を持って行動するのが最善だと思う。全て予測して最後の一手まであらかじめ詰んでしまうのではなく、その場その場でケースバッティングを心がける。そのためには不要なミスを出来るだけしないように心がけ、チャンスのときに勝負すろのに有利なアウトカウントにするのがセオリーなのであろう。そうすればリラックスして打席に入れて外野まで運べる球を選球出来る。

まあ、何をするにも得点圏にランナーを送る事が大事で、積極的に攻撃してまず出塁しなければならないだろう。出来ることからこつこつと努力しなければならない。ことをうまく運ぶためには仲間と上手く連携して、常に研究・勉強が必要であろう。自分はそれが大の苦手だ。地道な努力と人と関わって行動するのが得意ではないのである。最悪である。

 そんな自分が、自分程度の能力で今日まで生きてこられたのは幸せだと思う。嫌な思いも一杯したけれど、それ以上に周りの人たちにたくさん救われてきた。今日現在、自分の感情を素直に表現しても、ささやかだけれどそれなりの幸せな気分に浸れるのはとても幸運だと思う。

 もしこんな自分が人並みの幸せを掴もうとしたら、常に全力で人生を突っ走って生きていかないといけなかっただろう。それは大よそ無理だ。でも、人生と言うゲームにおいて、アウトカウントを増やし続けても、とりあえず外野までは打球を運んで、なんとかゲームにはなるぐらいには得点を重ねることは出来たと思う。

 自分たちは、月に一度ラーメンを食べる同好会のようなものを催しているのですが、今回は人の集まりが悪かったので取りやめにしようか悩んでいました。一人参加が可能な方がいらっしゃったので思い切って「自分はどうしてもラーメンを食べたいので、自分と2人だけしかいないですけれども是非来て欲しい」と連絡しました。そうしたらその方がクルマを出してくれて、郊外にあるとてもおいしいラーメン屋さんに連れて行って下さりました。嬉しかったですね。

 大げさかもしれないけれど、やはりもっと積極的な姿勢で生きていかないといけないなと痛感しましたね。常に全力疾走で生きていくのは不可能かもしれないけれど、声を出して周りと連携してプレーをするのは出来るかもしれません。少年のころある指導者に「お前のいいところは常に声を出していることだ」と言われましたね。やさぐれてしまいすっかり忘れていた生き方です。

 ケンタパパさん今日はありがとうございました。千早イーグルは1/72を見つけたら買います。

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コメント

ラーメンうまかったですね!

ZUND-BAR よかったですね!またどこかうまい店に行きたいので、これからもよろしくお願いしますね。

プラモデルのウインドウショッピングも楽しかったです。でもお互い、手を付けてないキットがあって買えなかったというは面白かったです。私もケンタとHGUCドムに取り掛かりたいと思います。

私も人生を全力疾走しようとしてて無理がたたった口なので、よくわかります。無理しない程度に積極性を出していくだけでも、充実した生き方ができるはず。今ははそう考えるようにしています。
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