2014/08/02

以下、勝手に総括(笑)

 日本代表にふさわしいワールドカップに優勝できたはずのサッカー、「自分たちのサッカー」とはどんなサッカーだろう?

 遠藤・香川らがパスをつなぎ、長友・内田が深くサイドを攻め上がり、体の強い岡崎・本田らがフィニシュするイメージのサッカーだろうか?

 確かに親善試合やアジア予選ではそんな試合を見せてくれることもある。

 でも、そんな試合は格下相手のほんの数試合だろう。

 自分もパスサッカーは好きだし、攻撃的なサッカーは魅力的だと思う。

 でも、守備を捨てたサッカーではワールドカップ本選は勝ち抜けない。

 今大会決勝トーナメント進出した多くのチームが、守備を固めたカウンターサッカーを「オプション」で持つチームだった。

 守備が固く、前線へのフィードに長けたディフェンダー、足が速くテクニックがあり決定力のあるフォワードがピースとしているチームが順当に勝ち進んだのだ。

 しかし、これを断言するのはおかしい。そんな選手がいれば、どんなチームでも勝てる気がするし、日本が目指した攻撃的なサッカーもできるはずだ。

 日本人には、どんなサッカーが適しているかという議論が昔からある。

 勤勉な国民性が類似しているとされ、論理的に成功する可能性の高いプレイを絞り、そのプレイを迅速に選択してゴールに迫る、クラマー氏以来のドイツサッカー。

 マラソンが得意な日本人の持久力に合わせて、90分間ボールを蹴り走り続けて、相手のわずかの隙にゴールを陥れるキック・アンド・ラッシュなイングランドサッカー。

 足元が器用な日本人選手は昔から比較的多いのと、高いテクニックの融合した美しいプレイで、多くのサッカーファンの支持を勝ちえていて人気のあった、ブラジル・アルゼンチンを中心とした南米のサッカー。

 日本人と似たような体格に関わらず、常に結果を出し続けている、ショートパスでゲームを支配して相手を崩す、メキシコやスペインのサッカー。

 限られたタレントのひらめきに頼る形にはなるが、忍耐力のいるサッカーが日本人の国民性に合致しており、比較的結果の出やすい堅守速攻・カテナチオのイタリアサッカー。

 同じくイタリアのアリゴ・サッキのミランに代表され、加茂周によって日本に輸入された、高い位置からプレスをかけてショートカウンターで相手ゴールに迫る積極的守備サッカーの代名詞になった「ゾーン・プレス」

 
 実際グラウンドで行われているサッカーはこんな通り一遍ではないし、その時々のトレンドもあるが、いろいろなサッカーが日本人に向いているとされ、節操もなくほとんどすべてのスタイルに飛びついて、古今東西、日本中のグラウンドで試されている歴史がある。

 結果からいうと、ある程度のレベルまでならそれなりにこなしてしまうのが日本人である。

 日本人はそこそこまでなら、やれと言われればなんとか出来てしまう、器用貧乏な国民性なのである。

 そこそこ出来てしまう日本代表で、日本人監督で唯一無二ワールドカップを戦って、前回決勝トーナメントまで勝ち進んだ岡田武史監督が最後に選択したサッカーが、堅守速攻のカウンターサッカーだった。

 日本人はその前回大会の結果に一喜一憂したのと同時に、華麗なパスサッカーで優勝したスペインのサッカーを横目にして、「自分たちのサッカー」をつまらまなく感じてしまう。

 あのスペインがしているサッカーこそが、夢にまで見た日本人の本当の「自分たちのサッカー」ではないか?と

 生きていて、今の自分自身を「本当の自分ではない」と一度も思ったことのない人間など一人もいないと思う。

 逆にそう思えない人間に成長する余地はほとんどないとも言える。

 だから、今回攻撃的なサッカーを選択してそれを目指したのは間違いなかったと思う。

 でも、それまでの自分たちまで捨て去る必要はない。

 自分はいつまでも自分で、決して他人にはなれないものだ。

 昨日までの自分がいるからこそ、新しい自分に成長できるのだ。

 今回の日本代表監督の選考にあたって、「戦術の引き出しを増やす」というキーワードがある。

 私はそこに微かな希望をかけたい。

 サッカーというスポーツは相手がいるスポーツである。

 試合が行われてる気候・環境もその時々で違うし、試合中起こりうる情況もその時々で違う。

 人間が刻々と変わる状況で常に冷静さを保って、自分の根ざす「本当の自分」でいられるだろうか?

 最低限、冷静でいられるためにはその折々の状況に対応できるマニュアルみたいなものが、自分の中に必要ではないかと思う。

 私自身、頭の痛い話ではあるが・・・

 それが「戦術の引き出しを増やす」ということだと思う。

 はたして、4年前出来ていたことが出来なくなっているのは、「自分たちのサッカー」をしているからではなく、「自分たちのサッカー」を見失ったからではないだろうか?

 私は「自分たちのサッカー」というのは至極メンタルな問題だと思う。

 何事もやり方を一つしかこなせないより、いろいろなやり方を心得ているほうが臨機応変に対応できるものだ。

 当たり前のことを書くが、自分のやり方を貫いてその場を切り抜けるには、自分の頭で考えて自分の行動に責任を取るようにならないといけない。

 それが出来ないことを環境のせいにするのは、自分で責任をもって行動していないからだと思う。

 ワールドカップに出た日本人選手がではなくて、日本人一人ひとりの至極メンタルな問題だと思う。

 仕事でも、サッカーでも、一度フィールドに立ったら、その時々の判断は自分たちで責任をもってやらないと駄目だ。

 結果を求めるなら「その方が楽しいから」では済まないし、「楽しくないのは指導者のせいだ」と責任転嫁できない。

 結果が出なくても楽しいサッカーは、レベルを落としてしまえばどこでもできる。

 世界中の多くのサッカーの天才たちが「自分たちの」楽しい「サッカー」に身を落としていき、彼らよりも才能の足りない多くの努力家たちが世界一のピッチに立っているのもまぎれのない事実だ。

 結果を求めるなら、楽しいサッカーをしてはいけないとは決して言わない。

 しかし、両者を常に求めるなら、才能と涙ぐましい努力と天の采配の全てが必要なのだ。

 最後に、身体能力、概ねキック力の足りない日本人がサッカーで得点するには、いかなる方法を取ればいいかと私は考えるか?

 それは当たり前に、ゴールに近いところからシュートを打つ機会を増やすことだと思う。

 それは、カウンターサッカーで得点する機会を作るより難しいかもしれないが、相手のディフェンス・ラインを下げさせる方法については、古今東西、日本人が試行錯誤を繰り返してきたさまざまの戦術の中にヒントがあると思う。

 相手のディフェンスラインの裏を狙ってスペースへボールを蹴ったり、高い位置からプレスをかけたり、ドリブルで仕掛けたり、ダイレクトパスで崩したり、そう、誰もが思いつくこと。

 目新しいことは一つもないが、確実にゴールが奪えるエリアまでボールを運べればいい。

 時間帯や状況によってやり方を変えたり、90分間チェンジ・オブ・ペースで、より適切なシュート機会を引き出す戦術をランダムに選択して、得点してほしい。

 攻守の切り替えが早く、速攻から遅攻まで自在で、一点を守りきることのできる引き出しの多い「自分たちのサッカー」

 そして「自分たちのサッカー」をすれば勝てるのではなく、「誰がやっても、あのサッカーが出来れば勝てるよね」ぐらいのサッカーが出来るようになれば、日本もワールドカップで優勝できるかな?と最後は無茶振りで(笑)

 長文、読んでいただいてありがとうございました。
スポンサーサイト

コメント

今回の記事

日本サッカーへの熱いエールが伝わってきました!!

ところで今回の日本代表には期待しすぎたんでしょうか?

期待し過ぎたということはないと思いますよ

 むしろ毎回、毎試合期待して応援してあげて下さいm(__)m

 たとえ今日敗れたとしても、それでもサッカーは続くのだから・・・

 サッカーは最後まであきらめないチームだけが、いつかチャンピオンになれるゲームなので

 今回は期待できるとか、期待できないから応援しないではないと思いますよ。

 期待されるとか結果を出せない体質なら、期待されても結果を出せる体質になるまでサポートし続ける

 今回のパブリック・ビューで払ったケンタパパさんの1000円も決して無駄にはならないと思いますよ

 少なくとも日本サッカーは、誰も期待していなかった時期より確実に強くなっていますから

 諦めないものだけが、最後まで夢を語る資格がある。

 それがチームをサポートするということだと思いますよ。

 それにたぶん僕ら、死んでも日本人辞められませんからね。

 やっぱり、日本代表が勝った方が嬉しいじゃないですか。

 また、4年後(とは言わずいつでも)スタジアムでお会いいたしましょう(^^)/

 今回は付き合っていただいてありがとうございましたm(__)m

 また、遊んでやってください(^^)/


非公開コメント